物は試し

いつも通りの部活の後の、いつも通りの自主練の後。

コートの片付けを終え、二人で帰り支度を始める。
「今日も海堂は可愛いなぁ」なんて、本人が聞いたら怒りそうな感想を抱きながら(まぁこれもいつも通りの風景ではあるのだけれど)俺の思い込みだけじゃないって事を、証明したいって決めている。

俺の思い込みだけの確率…38%ってトコかな…。
(我ながら、微妙だ)


部室に戻るなり、メニュー変更の為の新しいデータをノートに書き込む。
海堂はそんな俺に気を掛けるでもなく着替え始めた。
「ハーフパンツからスラリとのびる足もいいけど、あまり他の奴に見せたくは無いなぁ。しかし制服ってのもストイックで中々にそそるものがある…」
海堂が聞いたら怒り狂いそうな感想を抱きながらノートにペンを走らせていく。

いつ頃からだったろうか。
この、一つ下の目付きの悪い後輩に、こんな感情ばかりを抱くようになったのは。
ふと、そんな事を考えて手が止まっていたらしい俺に海堂が話し掛けて来た。

「先輩…書き終ってんだったら早く着替えて下さい。アンタが出ないと、鍵も閉めらんねぇだろうが」

一足先に着替え終わり、几帳面に畳んだユニフォームをバッグにしまっている。
トレードマークのバンダナで潰されて、少しペタリとした黒髪も可愛らしい。
自分とは違うサラサラの髪に触れたくて、軽く頭をポンポン叩いてみた。

「何やってんスか…。いいから帰る仕度しろよ、アンタも」
「ねぇ海堂。ちょっとこれを飲んでみてくれないかな?」
「なんすか…それ」

おもむろに俺が差出した小さな魔法瓶を見て、海堂の表情にあからさまな嫌悪が浮かぶ。
「また何か…新作の汁ですか…」
そこまで嫌がらなくてもいいと思うんだけど。
「海堂…乾汁は様々な栄養や効能を考慮した」
「余りにも味が考慮されてないんで。嫌です」

即答だ。最後まで説明すらさせて貰えなかった。

「いや海堂、味だってそんなに酷くは」
「酷いッス」

…いや、今は汁の味を討論する時ではないんだった。
とりあえず、コレを飲んで貰わない事には俺の計画が台無しだから。

「海堂、残念ながらコレは乾汁ではない。飲んでくれないか?」
「汁じゃないのは別に残念じゃないですけど…」
「けど?」
「だから…それは、何なんですか」
「普通の100%ジュースだったよ」
「過去形かよ…」

可愛いなぁ海堂。

「大丈夫。人体に異常をきたす物は入って無いから」
「…何が、入ってるんですか」
「いや、だから別に人体に…」
「異常をきたさないでも何か入ってるんでしょうが!」
ふしゅ〜っと息を吐き出しながら睨まれる。
…この瞳が、とても、好きだと思うんだよ、海堂。
「えーっと…海堂」
「……なんですか」
「海堂それ聞いて、怒ったり、呆れたりしない?」
「……何入れたんだよアンタ…」
「怒ったり、呆れたり、しない?」
「…聞いてから、考えます」
「………『惚れ薬』」
「……はぁ?」

さっきまで睨み付けていた瞳が大きく見開かれて(眉間の皺は余計に深くなった気もするのだけれど)間の抜けたような呟きが返って来た。
「だから、『惚れ薬』だよ海堂」
「…………」
「インターネットでね、見付けて。買ってみたんだ」
「…………」
「あ、成分についてもちゃんと調査済みだ。有害な物は含まれていない」
「…………」
「味も、一応『無味無臭』と書かれていたから、ただの100%ジュースだと思う。大丈夫だ」
「…………」
「ほら、海堂。『物は試し』って言うじゃないか」
「………アンタ…」
「うん?」

目も口も、大きく開けたまま固まっていた海堂がフルフルとふるえている。
俯いてしまったので表情が見えなくなったけれど、握りしめた拳に力が入っているのは分かった。
「アンタ……何で、俺にそんな物、飲めって…言うんスか」
いつもよりも更に低い声が呟く。絞り出されたようなそれは、何だか泣き出しそうに聞こえた。

「…そんなの飲ませて、もしも効果があったら、どうするんスか」
「喜ぶよ」
「はぁ?」

顔が上がって、俺を見た。
真直ぐな瞳は別に泣きそうではなく、ただ物凄く驚いた表情。

「何、言ってんだ、アンタ…」
「海堂がこれを飲んで効果があったら喜ぶよ、って言ったんだよ」
「……意味、わかんねぇ…」
「御免ね海堂。だからコレ、飲んでくれないかな」

インターネットで見付けた小さな壜の少しの液体。
きっと、効果なんてないんだけど。
小さな壜に入って売られていた、コレは小さな希望なんだよ。
もしかして、って。
俺のそんな小さな夢を、お前に飲み込んで欲しいんだ。



海堂はまた俯いてしまった。
下を向くと綺麗な黒髪がサラサラと流れて、その表情を隠してしまう。
暫しの沈黙の後、小さな声が聞こえた。

「………飲まねぇ……」
「海堂」
「……絶対ぇ、飲まねぇ」
「飲んでよ。少しでもいいんだ」
「…アンタ、最低だな……」
「うん、好きなんだ。飲んでよ海堂」

俺がそう言った途端に、俯いていた海堂が顔を上げ、一気に詰め寄って来た。
胸ぐらを掴まれ強く引かれて、少し息苦しい。
物凄く怒ってる。試合の時以上の眼光で睨み付けられ凄まれた。

「アンタもソレ…飲んだんスか」
「いや、飲んで無いよ。どうして?」
「…………」
「ああ、だから成分は」
「絶対ぇ飲まねぇ!!」
「海堂」



「俺がそれを飲んだら、薬の所為にされちまうんだろうが!」
「海堂」
「だから、絶対に飲まねぇ!冗談じゃねぇ…」
「ねぇ」
「そんなモン飲んだからだ、なんて、喜ばれたくなんかねぇよ!ふざけんな!」
「ねぇ、海堂」





コレってやっぱり、愛の告白で、いいんだよね?
俺の思い込みじゃない確率100%
だって、ほら。

今、お前の唇に触れるよ?