チグハグ

謎の転校生は、不可解な男だった。


まるで大人で、まるで子供で。クルクルと表情を変える万華鏡のような男。
構造は単純で、その原理も真っ当。
なのにそこに現れる沢山の表現は至極複雑で難解なモノ。

真剣な顔で、時には哀しそうに、あるいは怒ったように、俺を好きだと繰り返したり。
なんだか泣きそうな顔で、宝探し屋は自分の天職だと力説したり。
いつも何処かチグハグな印象を持つ男。
バランス良くアンバランスな、葉佩はそんな男だった。


椎名リカとの会話にしてもそうだ。
『死』なんて大した事じゃないと言ってのけた少女に、アイツはまず哀しそうな顔をした。
同意を求めた俺に肯定の頷きを返し。
その後。
その痛みを知っているのか、そう呟いた俺の言葉にアイツは驚いた顔をして。
---そして、笑った。

どうにも不快な気持ちになり、早々にその場を立ち去ったけれど。
何処か幸せそうな笑顔は小さな棘になり、俺の心に刺さったままになった。




それから数日後。

いつものように二人だけで遺跡に出向く。
新たに到達したエリアの化物を倒し、広々とした空間に隠されているであろう戦利品を探す。その姿をただ眺めているだけの俺は、なんとなくそれを問うてみようかと思い出した。

「なぁ葉佩」
「んー?なぁに甲ちゃん」

ゴソゴソと壁や床を調べる手は止めず、まったく警戒心のない間抜けな声が返ってきた事にまた少し苛立つ。なんでコイツは、安心したように俺に背を向けたままなんだ。
「…お前は、大事なものを無くした事が、あるのか」
ん?と怪訝そうな声が漏れ、続けて「あるよ」と簡潔な言葉が聞こえた。
「お前は、その痛みを、知っているのか」
葉佩は動かしていた手をとめ、身体はそのまま顔だけをこちらに向けてくる。
そしてまた、俺を不快にさせたあの笑顔で「知ってるよ」と言った。

「…なんで、笑うんだ」
理由の分からない苛つきも最高潮に達し、吐き捨てる。
八つ当たりみたいだ、そう思い乍ら。
葉佩は不思議そうな表情をしてから、なくしたからね、と笑う。
「だから、なんでそれで笑えるんだよ…っ」

なくしたモノは永遠に取り戻せないんだろう?
お前は、ソレを「知っている」と頷いたではないか。
なのに何故、今そんな顔で笑えるのだ。

なにか、大切な記憶を置き去りにした自分には。
理由さえ、思い出せない感情しかない自分には。
葉佩のその笑顔が、ただ腹立たしかった。

俺から発せられる重苦しい雰囲気に気付いたらしい葉佩は真面目な顔をして
「甲ちゃんはなくしたままなの?」と言う。
「は…?」
コイツは何を言っているのかと一瞬思考が止まった。
取り戻せないもの。取り替えられないもの。その痛み。
そんな話しだったのではないのか。意味が分からない。
それともコイツも椎名のように何か異なった前提を持っているのか。
…そんな事を思いつつも、どういう事だ、と説明を求めてみた。

「あのね、俺はさ、なくしたんだけど、なくせなくなったんだよね」
怪訝な顔をしたらしい俺に、葉佩が言葉を続ける。
「俺ね、俺の為に母親をなくして。で、その俺の所為で父親もなくした」

---笑顔で。

そこで、なんで笑うんだろう。コイツはちょっとオカシイんじゃないか?
思い、黙っていると、だからね、と葉佩の声が繰り返す。

「なくしちゃったから、当たり前だけど。もうなくす事が出来ないんだよ」
しかもね、
なくしてしまった事をなくさない限り、実はなくしてないんだよ、
そう言って、今度は何故か哀しそうに、笑った。


謎の転校生は、不可解な男だった。
まるで大人で、まるで子供で。いつも何処か、チグハグな印象を持つ男。





俺の事を信じて居るのか。
そう問いかけたら唇を歪めて「信じてるよ」と笑ってみせた。
なんだか、何処かが痛いような顔をして。


それがいつも通りの印象のチグハグさの所為なのかどうか。
俺に判断する事は出来なかった。