出頭

ひっそりとした志乃田の森の奥。名もなき神社に靴音が響く。
足取りは大層重そうで、まるで死刑囚の様だなと雷堂は思う。
月明かりの中一歩、また一歩と近付いてくる影。
作り物めいた白皙の顔は無表情な能面に見えた。
その視線が雷堂を捕らえ、少し足早になると真直ぐに向かってくる。
正面に立ち、じと見詰めあう。

「戻られたか十四代目」
「はい」
「浮かぬ顔だな」
「僕は何時もこの顔です」
「そうであったか」
「そうです」

色をなくしたライドウの面は矢張無表情なままで。
それでも揺らめく瞳はとても饒舌だなと雷堂は思う。

「角柱は」
「此処にあります」
「そうか」

「揃ったのだな」
もう、揃ってしまったのだな。雷堂は心中で呟く。
「揃いました」
そう、もう、揃ってしまったのですよ。

己が心が聞こえた訳はないのに。彼の心が聞こえる訳もないのに。
嗚呼、もう、帰るのだな。ええ、もう、帰るのです。
否、きっと我の心が聞こえているのだ。彼の心が聞こえるのだ。

「そうか」

貴様は帰るのだな。戻るのだな。きっと、もう、
「僕は貴方で、貴方は僕です」
「そうだな」
「…ずっと、同じです」
きっと、もう。逢えないのであろうな。
「ずっと、同じなのです」
「…そうだな」
きっと、もう。逢えないのでしょうね。

「雷堂」
「なんだ、十四代目」
「今、貴方に接吻をしても宜しいでしょうか」
「酔狂な奴だな」
「そうですね。僕は大層酔狂なんです」
「そうだな。…我も大概酔狂な輩でな」

ひっそりとした志乃田の森の奥。月明かりの中そっと口付ける。
互いの黒猫はさっさと先へ進んだ様で、周りは誰も。音も何も、ない。
何もない月明かりの中、そこに在るは己と影。
己が以外此処には何もなく、己が以外、此処に確かに在る。
あわせた唇を離し、触れそうな距離のまま見詰めあう。

「貴方の瞳はとても饒舌ですね。とても、綺麗で」
「貴様の瞳の方が余程饒舌だ」
「とても、綺麗で。…大嫌いです」

とても、大好きです。


真直ぐで饒舌な瞳が揺らいでいて、泣きそうだなと雷堂は思った。
もう一度、瞳は閉じぬまま唇を寄せる。
彼も真直ぐな瞳を伏せず、互いの視線を絡めたまま口付けた。
触れあった舌が離れた時、彼は柔らかく微笑い、告げる。
「泣きそうですよ、雷堂」
それは貴様であろう。否、だからこそ我がか。
そうです貴方がです。いえ、だからこそ僕がです。
なんだか泣きそうで。可笑しくて。哀しくて。きっと、幸せで。


「それでは参ろうか」
「雷堂」
「なんだ、十四代目」
「手を、繋いで。宜しいでしょうか」

まるで刑場に向かう死刑囚の様な足取りの彼と。
そしておそらく同じ足取り、同じ表情を張り付けた能面の自分と。




笑って。社へと歩き出した。