迷い児
黒衣の少年が二人、静かな社の面に並び立つ。
ガラン…っと鐘の音。次いで柏手。パァンと乾いた音が響いた。
「痛っ!なにをする十四代目!」
「何って、使者を呼び出す為の作法ですが。こちらでは手順が違うのですか?」
「いや、作法はいい。それはいい。しかし貴様は何故我の手を叩くのだ!」
他所の時空の十四代目葛葉ライドウはシレと首をかしげる。
「柏手ですから。手を叩かなくてはならないでしょう?」
「だから何故我の手を叩くのだ、と言っている!」
「だって、僕の右の手と左の手の間に貴方の手があるから仕方ないじゃないですか」
先程歩き出す時に繋いだ手。
ライドウの左手には雷堂の右手がしかと握られたままで。
「仕方ない、ではなかろうが!貴様が我の手を離せば良いのだ!」
「嫌ですよ」
ジトリと睨み付ける雷堂を涼し気に見返し、ライドウはその手に力を込める。
「嫌です。僕は貴方の手を離しません」
「馬鹿か貴様は!」
「いいじゃないですか。このままでも柏手は出来ますから」
パァンと二度目の柏手が軽快に響く。
「痛っ!痛いと言っておろうが十四代目!」
「嗚呼もう軟弱な方ですね。この程度の事でギャアギャアと」
「五月蝿いわ貴様っ!とにかく離せ!」
「嫌ですよ」
「我こそが嫌だわこの戯けが!」
「………」
ぴたと黙り込んだライドウへと視線を向けると、俯き気味になった表情は見えず、小さな呟きが返った。本当に小さくて、弱々しい声だった。
「そうですか…雷堂は僕と手を繋ぐのがそんなに嫌なのですか…」
「な…っ!」
「そうですよね嫌ですよね僕の事が嫌いなのですよね…」
「ななな何を言っておるのだ貴様!」
「嗚呼…なんと哀しい…」
益々と声は小さくなる。そういった話ではないのだが、と思いながら雷堂は慌て、弱り切ってしまった。
「いや、手はまた繋げば良かろう…だからとりあえず我の手を離して柏手をだな…」
パァンと三度目の柏手。
「痛っ!痛いぞ十四代目!」
「嗚呼もう五月蝿い。いっそ貴方の頬をうった方が良い気がしてきました」
「それはもはや柏手ですらないであろうが!」
ギャアギャアと。下らぬ小競り合いを繰り返す少年を放置して、傍らの黒猫が鐘音を鳴らす為の紐にヒラリとぶら下がった。ガラン。
手順作法等に色々と問題はあるものの、使者は静かにその姿を現した。
「お静かに…。今回のみは不問と致します故、以後気を付け召されよ十四代目」
「嗚呼こんばんは。すみませんこの方が五月蝿く騒いでしまい」
「我の所為なのか!」
「ほら雷堂静かにして下さい」
全く腑に落ちぬ、という顔をして。しかし使者は現れたのだ、このまま二人で話していても埒は明かぬ。
渋々といった態で雷堂は口を閉ざし、ヤタガラスの使者に目を向けた。
無論、手は繋がれたまま。
使者は雷堂を見、ライドウに視線を移し、揃ったのですね、と言った。
「ええ、滞りなく」
「素早い。全く持って見事な所行…。流石は十四代目、と言った所」
それでは約束通り貴方に天津金木を与えましょう。ライドウの手から角柱を受け取り、チラとその両手の所在を確認した使者は、一瞬の無言の後にそっと言葉を続けた。
「…そうですね、今宵は上弦。…次なる満月に貴方を送る事と致しましょう」
「む…?」「解りました」
驚いたのは雷堂。平素の表情で受諾したのはライドウ。
「使者よ。斯様な余裕があるべきものか?時を待つ理由ぞ問うても良いか」
「…左程の余裕は在らぬと思うべく。ですが、ライドウ。時の迷い児よ」
「はい」
「…貴方が迷わぬ様に。必要であると判じ、申し付けます」
それでは次なる十五夜に。そう言い終えて、使者の姿は霞と消え、志乃田の森に再び訪れる静寂。少年達は暫しぼんやりと佇んだが、不意にライドウがその左手に力を込めた。
驚いて、反射的に顔を向ける雷堂には視線を寄越さず、ライドウは足下の黒猫に「行こうゴウト」と告げて微笑んだ。
そうして歩き出した黒猫を追う様にその身をゆっくりと反転させる。
「ねぇ雷堂」
「…なんだ十四代目」
「今日は一緒に寝ましょうね」
「…はっ!?」
「それでは戻りましょう。貴方の部屋へ」
「ちょ…っ!馬鹿か貴様は!」
ずっと繋いだままの手をグイと引いて、社に背を向ける。
互いの手はしっかりと繋がれて、間を繋ぐ汗も体温も、どちらも混ざり同じものだ。
彼のもので僕のもので、同じで、違うけれど。
もっと混ざってしまえば良い。この手を離してもそれと解らぬ位。
「一緒に寝ましょう」
そうしてしっかりと僕に彼を刻み付けて。
そうしてしっかりと彼に僕を刻み付けて。
そうして混ざり、そうして全て無くしてしまえば良い。
「黙れこの馬鹿!」
ギャアギャアと喚きながら黒猫の後ろ姿を追う黒衣の少年が二人。
しっかりと互いの手を繋いで。