欠点と魅力
「おかえりー雷堂ー」
事務所の扉を開けた雷堂は、ちょっと挙を突かれた様に止まった。
なんだろう?
先刻まで締め出されていた扉が開いている以上、俺が家賃を払ってきた(とりあえず一月分で許してもらった)のは想像がつくだろうし。
自分が今帰宅したんだから此処に居るのは俺しかいないのも分かるだろうに。
銀楼閣の住人は他に居ないし(あ、悪魔と猫は除外)
何をそんなに驚いてるんだろう?
「あ…鳴海、さん」
「んん?どしたの雷堂」
「いえ…ただいま、戻りました」
ペコリと頭を下げる。珍しい。
そのまま、もう一度出て行こうとしたので引き止めてみた。
「ちょっとちょっと雷堂?どうしたのよ」
「…何がでしょうか」
「いや、何が、つーか。その口調とか」
「おかしいでしょうか」
「なんか声にドスが効いて無いっつーか」
「僕はいつもこうですが」
「えー」
「何が『えー』なんですか」
雷堂を上から下まで眺める。
帽子。マント。相変わらず真っ黒。
刀が見える。業斗も居る。黒い書生に黒い猫。
でも、気持ち声が澄んでいる気がする。言葉が丁寧。
なんだろう?
じっと観察して居たら、いつもの様に帽子の鍔を掴んで引き降ろす。
いつも通りの、雷堂の癖だ。
「あ?」
そこで気付いた。鍔が斬れていない。
なんだろう?
椅子から立って近付いて行くと、雷堂が扉に手をかけた。
「ちょっと待て雷堂」
「…何でしょうか」
「いいから動くなよ。所長命令」
俺が眼前に立つと雷堂は足元の業斗に目線を合わせた。
身長差は5cm。いつもと同じ。
雷堂は下を向いているので表情は見えない。見えるのは綺麗なままの帽子。
その鍔に指をかけて持ち上げ乍ら膝を折る。
「あれ?」
覗き込むと綺麗な顔が見えた。
綺麗な顔。
傷が無い。
「雷堂、その顔、どうしたの」
「おかしいでしょうか」
「おかしいっつーか綺麗なんだけど。傷は何処いっちゃったの」
「僕は昔から傷なんてありません」
「えー」
「何が『えー』なんですか」
昔から傷が無い?なんだろう俺の記憶違い?いやいやいや流石にそれはないだろ!でもこれ雷堂だよなァ?業斗は業斗だし。いつものウチの子達の格好だ。でも、傷が無い。
「嗚呼、これ、夢か?」
雷堂ちゃん美人さんなのに傷があって勿体無いなーとか思った事あるもんな。
夢だから傷がないんだろう。そうか俺の妄想か。
ふむふむと納得して、折角なので傷一つ無いつるりとした頬を撫でる。
綺麗な肌。綺麗な瞳。綺麗な顔。
両手を添えてマジマジと眺める。雷堂は身じろぎひとつせず、ただ俺を見詰めていた。
「綺麗だな。やっぱお前、美人さんね」
「そうですか。有難う御座居ます」
「でも俺、傷のあるお前の顔のが好き」
「そうですか。それは残念です」
綺麗すぎる。精巧に作られたお人形みたい。
これは、人ではない気がする。
「うん。俺は傷のあるお前のが好き」
「傷がないと好きではありませんか」
「んーそれでも雷堂だから好き、だけど」
「だけど?」
「傷があって余計に魅力を増す。そんなお前の方が好き」
「魅力が増しますか」
「俺にはね」
「そうですか」
「僕も、そう思います」
そう言って傷のない綺麗な雷堂は微笑んだ。
なんだよ自覚してんのか。だったら早く傷のあるお前の顔になって。
そんな綺麗な作り物みたいな笑顔じゃなくて。
少し不器用そうに、でも思いがけず柔らかい、いつもの笑顔が良い。
「とても魅力的で、綺麗だと思います」
「傷?」
「はい」
「ははー自惚れちゃって!ま、俺もそう思うからしょーがねーか」
「『欠点の無いモノがあるとしたら、それ自体が既に欠点である』」
「うん?」
「ならば…傷のない僕は既に自身が欠点であり、愛されないのでしょうか」
俺を見詰める真直ぐな視線。
嗚呼これ、雷堂じゃないんだ。
らいどうだけどらいどうじゃないんだ。
優しく頭を撫でて笑いかける。ねぇ、らいどう。
「欠点があるから魅力が増し、欠点があるから補いあえて、愛し愛されるよ」
「はい」
「君自身が欠点ならば。その全てを愛されるよ」
らいどうはちょっと目を開いて、それから帽子の鍔をグイと引き降ろした。
「…有難う御座居ます」
深く一礼をして、らいどうは扉に手をかけた。
俺も今度は引き止めない。
「行こう、ゴウト」
にゃーと足元の猫が声を返す。
綺麗な顔のらいどうは、扉が閉まる前に振り返り、もう一度綺麗に笑った。
「僕も、傷のある僕の顔が好きです。彼が好きです」
唄う様に告げた彼の言葉が、彼の綺麗な頬を色付け。
精巧な人形じゃない、美しい少年の姿を彩った。