酷く憂鬱そうな青
「なぁゾロ。人は死んだら、何処に行くんだと思う?」
それは、ちょっとした日常に零された呟き。
甲板で寝ていた俺の横に無理矢理座り込んだサンジの言葉だった。
もしかしたら、ただの独り言の様なものだったのかも知れない。
別に返事を求めているような雰囲気はなかったし、むしろ俺が起きているとすら思ってなさそうな状態だったから。
それでも何かが気になって、つい返答のようなものを口走ってしまった。
「空」
「…空島よりも高いお空の上ってか?」
「知らねぇけど、星になるんだってガキの時に聞いたからな」
「はっ!そりゃまた可愛らしい事で」
サンジが笑う。
その言葉や表情とは裏腹に、楽しそうには感じられない。
馬鹿にしたような軽口なのに不快にすら感じられない、何処か引っ掛かる不思議なモノだった。
「うるせぇよ…」
強く返せなかったのは、本当にそうだと信じているからではないけれど、完全に否定してしまいたくなかったから。
先生が、そう言ったから。
あの日、そう言ったから。
「ゾロ、人は死ぬと星になるんですよ。そうして、ずっと見守ってくれる」
「嘘だ」
「嘘かも知れないけど、本当かも知れないですよ」
「星じゃ夜だけじゃないか!ずっとなんて見れないじゃないか!」
「ゾロ。昼間でも、星は空にありますよ。下からは見えなくても、上からはきっと此処が良く見える…」
「きっと、見ています。顔を上げて捜してあげてくれませんか?」
そう、言ったのだ。
だから俺は顔を上げて、前と、そしていつでも上を目指して進む。
例え俺からは見えなくても、くいなが、俺を見やすいように。
俺が果たす約束を、真直ぐに届けられるように。
「じゃあ、お前は何処に行くと思うんだよ」
「あぁ…?質問に質問で返すたぁマナーのなってねぇヤツだな」
「うるせぇ。答えてみろよ」
なんとなく興味があった。
「生きる」という、同じ言葉でありながら、まったく違う言葉を持つ彼の帰る場所。
ゾロの「生きる」は約束を果たす為に進む事。
「死ぬ」と対義語ではなく、死とすら闘う、目的の為の手段。
サンジの「生きる」は約束を果たすまで進む事。
「死なない」為どころか「死ねない」自分の為の目的。
「海」
「…俺と大差ねぇじゃねぇか」
「ねぇなぁ」
そう言って笑う。やっぱり何処かいつもと違う雰囲気で。
「…『全ては海から始まった』って、知ってるか」
「どっかの進化論かよ」
「だから、全ては海に戻るんだよ」
「死体は海には沈めないぜ?」
「馬鹿かお前。それなら死体を空に放る方が無理じゃねぇか」
「あぁそりゃそうか」
「言われて気付くなよ。脳味噌まで筋肉かコラ」
「…それなら死体は土の中だろ?」
「肉の話じゃねーよ馬鹿。お前だって違う事としての答えだろ」
「それに」
サンジが煙草に火をつける。
眼前に広がる大海原に視線を投げたまま紫煙を吐き出した。
正確には
紫煙と、ほんの小さな呟きを。
「此処には、沢山沈んでるさ」
ふと、思い出した。
何度か過ごした夜の、静寂の中で聞いた昔話。
そういえばコイツは此処で生き延びたんだったなと。
誰かは逝かされて。コイツは生かされて。
そして、生きた事で背負わされた。
…勝手に背負い込んじまった、の方が正しいのだろうか。
いや、それならば、俺も同じ事か。
まったく違って見える生の中に、こんなに近いモノもあったんだな。
それでもやっぱり、近そうで、とても遠いモノだけれど。
「つーかさお前。海と空じゃ遠過ぎて一緒に居られねーじゃねぇか!訂正しろ!今すぐ!」
「…あ?何の話だ」
「冷てぇ事言うなよ!俺ぁ死んでもお前と離れず一緒に居たいって言ってるのに!」
「脳味噌大丈夫かグル眉」
「うるせぇこの迷子!…あぁそうか、お前なら空目指したハズが迷って海に居そうだな。安心した」
「手前…なんなら今すぐこの海に沈むか?」
「いや、きっとお前も海に行くね。何か物凄っく確信に近いものを感じるぜ」
振り向いて、そう言ったサンジの顔を見て、気付いた。
あぁ、そうか。
お前の瞳はとても蒼い。
酷く憂鬱そうな、そのブルーは何を不安に思っているんだろうな。
ただ一つだけ
俺が確実に分かる事はお前がとてつもない馬鹿だと言う事だ。
だからその口から煙草を引き抜いて口付けてみた。
俺からの予期せぬ行動にお前が目を見開いて固まるから
その頬を両手で挟んでまた目の前の海に向けさせて。
「いいか?良く見てみろよクソコック」
「……この海をか?可愛い子ちゃん」
「そうだ。…だが、ずっと先をだ」
言われてサンジが目をこらす。
その視線の先、ずっと遠くを指差して教えてやる。
「空も海も、同じだ」
遠い遠い彼方。
空の青も海の青も、それはボンヤリと溶け合って。
そうして、振り返って笑うお前の瞳のブルーも
きっとあの海と空と溶け合った同じ色なんだと思う。
俺が向かうと言う空も、お前が向かうと言う海も同じ青で。
もしかしたら、俺が向かう蒼は。
此処で笑う、お前のそのブルーなのかもな。
そんな馬鹿みたいな言葉が浮かんだけれど、それは言わないでおいた。